♦♦♦♦♦♦♦♦♦ 国際結婚で台湾在住、柴犬3匹との台湾生活を綴っています。あっという間に台湾11年。  ♦♦♦♦♦♦♦

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昨日は農暦(陰暦)でいう5月5日の端午節

各地で端午節恒例のドラゴンボート大会が開催され、各家庭では肉粽(中華ちまき)を作り、玄関前でお供え物を置いて拝拝しているのが見られます。

昔の人は、5月のことを俗に「悪月」といっていて、雨量多く気温も湿度も高かったため、蚊が大量に発生し、疫病や伝染病などが起こりやすい月だと言われていた為です。
それで夏至でもある「端午節」を迎えると、当時の家庭では菖蒲等の薬草を門前に掛けて厄病を祓い、成人は雄黄酒を、子供は香包を首から下げて毒気を祓っていたわけです。
中国大陸でも、薬草を入れた湯に入浴して毒気を祓う、別名「浴 蘭 節」という風習があったようです。

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     左:中に香料(檀香粉)が入った香包      右:台湾の肉粽。すっごく甘い味のちまきもある。


既に沢山の方がご存知の台湾の端午節ですが、上記の風習に附随した端午節のストーリーには色々な説が有ります。その中で現在一番語られているのが中国・楚の政治家で詩人でもあった「屈原」のお話です。(簡単に書きますね)

非常に愛国心の強かった楚の国の屈原は、楚国襄王へ「その他の国と団結し、野心の強い秦に抵抗せよ」と提唱します。
ですが楚襄王は彼の忠告を聞かずに、別の家来の話を信じ、彼を誤解して屈原を楚から追放させてしまいます。
その後、屈原の忠告を聞かなかった楚国王は秦に呑み込まれ、楚は滅びてしまいますが、追放されている間に楚が秦に攻め落とされた事を知った屈原は絶望の余り嘆き悲しみ、ベキラ河に身を投げてしまうのです。

詩人としても非常に名が高かった屈原を慕う者は多く、彼の遺体が魚に食べられないように・と竹の筒にはいった粽を川に投げ入れたのが今の粽の元であり、彼の遺体を見つける為にと、船に乗って河を漕いだのが現在のドラゴンボートの由来であると言われています。

端午節の前日、気が向いたので宜蘭県の冬山(地名)へぶらりお出かけした私達夫婦とミルク。


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宜蘭といえば、水田などの長閑な田んぼの風景が一面に広がって結構好きな場所なのです。

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冬山親水公園という大きな河のある公園があったのですが、そこでもドラゴンボート大会が開催されておりました。

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この日はあいにくの雨でしたが、男子の部決勝時には雨も上がっていました。

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写真でみると、簡単にただ漕いでいるだけに見えますが、ドラゴンボートを漕ぐには実はかなりのトレーニングが必要です。

4月下旬になると、日本人も多いことで知られる師範大学国語中心ではドラゴンボートチームの募集があります。日本の友人が毎年何人か出ていましたが、トレーニングのすごさは圧巻。
その中でももともと痩せ型の友達が、マラソン筋トレ満載の厳しいと噂のそのトレーニングを始めると、見る見るうちにマッチョ体系になり、ガタイのいい男性へと変化を遂げていたのは驚きでした。実際、台北の一番大きなレースで大抵優勝するチームは原住民のチームなど、体力も筋肉も人並みはずれた方達が多いのです。

この時期に台湾の大学へ留学を考えている方、このレースに参加して思い出と筋肉を作るのもアリかと。^^

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   「みんな よくやるワン~、みるくはチマキだけでいいワン♪」


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2007.06.20 / Top↑
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