♦♦♦♦♦♦♦♦♦ 国際結婚で台湾在住、柴犬3匹との台湾生活を綴っています。あっという間に台湾11年。  ♦♦♦♦♦♦♦

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告別式の前日から明くる朝に掛けて、親族は法師らと共に読経をしながら一睡もせずにその日を迎えます。

もう瞼が重くて重くてしかたがないけど、我慢するしかなく、これで会場にクーラーが無かったら確実に私は倒れていたでしょう。^^;

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一般に台湾の結婚式は何でもアリで、めでたい!宴会だ、よし騒ぐぞ!という感じがします。
けども、それとは反対に死者をあの世へ見送る方法というのは、故人の尊厳が重んじられており、実に伝統的で神秘的でした。葬儀会場も伯父達が母親への最後の餞にと、一番大きい会場を選んだそうです。
日本ではおそらく告別式などこれらの写真を撮ることは困難だと思いますが、今回は親戚も来賓者もほぼカメラ持参で、会場の写真をバチバチ撮って記念に残していました。

ここで、告別式の前の晩の話に戻らせていただきます。

先日夜中の12時になると、袈裟を羽織った何人かの僧と法師と共にアマーの棺を告別式会場に運ぶ儀式が自宅でありました。

昔からの習わしで、棺を移動させて車の中へ運ぶ瞬間は、長男長女以外の親族は故人の棺を見てはいけない決まりがあるようです。法師が鈴を鳴らし出すのを合図に、親族一斉にお棺から背を向けて、そのまま暫し待ちます。

これは暦上の時間を示す日沖・時沖の12生肖(辛、丙・・等)と、その儀式の時間との関係らしいですが、いまいち詳しく知りません。

もういいと言われて振り向くと、先ほどまでお棺が置いてあった場所には、木炭とお札が燃やされてあります。そして大きなザルがお供え物と共においてありました。

そうこうするうちに、夜中の一時。しかしそのまま皆で告別式会場の板橋市へ大移動です。

我々は先に会場についたのですが、その後しばらくすると 先ほどアマーの遺体を載せた車がやってきました。

長男である伯父が故人の魂を運ぶ木筒を抱え、その後ろに長女である伯母が魂を誘導する長い笹を持っています。
そして後ろに続くように、お棺を会場の祭壇裏へと運びます。(木筒や笹は死者の魂が迷わないようにと、魂を誘導する役目があるそうです)

お棺を運び終わって、前日にしなければならない事はこれで終了です。 ふぅ・・・

明日の朝8時前から告別式が始まるため、親族は朝6時半~7時までに会場いりしなければなりませんでした。

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この時間になると会場には沢山のお花(花籃・敬輓)が届けられています。

告別式当日は、早朝にもかかわらずたくさんの参列者が集まりました。

本来喪主であるアーコンとアマーの血縁者(高齢のため、多くはアマーとアーコンの兄弟の子供達)、あとの大半は息子である伯父達の会社関係者です。

アマー側の血縁関係者はピンク(紅?)の手ぬぐいのようなもの、アーコン側の血縁関係者は白色のてぬぐいをそれぞれ右腕に縛り付けて参列していました。

これも私達が右腕に付けている麻布(日記 喪礼①参照)の喪章のようなものでしょうか。

会場の左右にはそれぞれ政治関係団体から代表としてお悔やみの言葉が書かれてある紅色の布が貼られてあります。

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アマーは80歳を過ぎて亡くなったので「長寿、大往生」の意味を込めて紅色の布なのですが、もし故人の年齢が若かったり、不慮の事故等で亡くなった場合は白色で張り出すらしいですよ。

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そして祭壇の上にはアマー「林夫人」へ、この前総統候補選挙を逃した「王金平」と、話題の「馬英九」、現総統の「陳水扁」、そして副総統の「呂秀蓮」等の名が連なっています。


それを見たピン子ママがしきりに

ピ 「なんでこの人の名前があるの!私の時は陳水扁は掛けないでね!」

と言ってきましたが、姑が召される時は陳水扁はとっくに政財界にはいないと思うんですよね。^^;

もちろんこれらはアマーが政治家と親しかったわけではなく、日本のお葬式でもあるように、市役所の担当者から市民へと、お悔やみの電報が届けられたような義理のようなものです。

また、参列者には藍系のチョッキを着た国民党の方や、緑系の服を着た民進党の方もいて、すぐにあ、政治関連の服務係(お悔やみやお祝い担当)だなとわかります。
(チョッキに服務担当と書いてるし^^;)

そういう服務とは別に、来賓者の中には現在台湾の政治ニュースでタイムリーな話題の、唐飛(タン・フェイ)氏夫妻が見えていました。
唐氏も党関係なく人気の高い民進党の蘇氏(この前党を辞めた)のように、かなりの人気があった人です。しかし台湾の政治からすでに退いた方でもあり、その後は会社経営者になっているようです。
世相と絶妙なタイミングでしたが、実は伯父達の会社と関係があるらしく、それで来ていただいたということです。

余談ですが、この唐氏、年配の台湾人にとても人気があることでも有名。うちの家族にも唐氏ファンが多く、特に姑ピン子ママなんて唐さんの大ファン♪いろんな意味で嬉しかった事と思います。

葬儀にまでそんなちょっとした政治の介入がある台湾です。

話を元に戻しますが、葬式での礼拝作法は大体一定の決まりがあります。
自分はもちろん作法なんてまったく知らなかったのですが、葬儀場の担当者やサポート係の女性(祭壇の前に立っている)が祭壇で身振り手振りと共に教えてくれるので安心でした。


まず初めにお線香を持って深深と一礼。(頭の上で香を掲げる感じが良い)

香を係の女性に一旦返してから、ひざまずいて合掌しそのまま三礼。(一拝、再拝、三拝の掛け声が)。

次に献花(代表が花籠を持つ)、奠酒(酒が三杯あるので上に掲げる)の度に三礼。



これは親族をはじめ、近い来賓者の方も行わなければいけません。 来賓者は祭壇の前で礼が終わると、祭壇横に男女別に分かれて二列に並んだ私達親族に向かっても、丁寧に一礼して立ち去ります。来賓者は伯次々と父、叔父、その息子達に握手し、最後アーコンに握手して帰っていきましたが、女性側には全く来てくれませんでした。(こういうの なんかね・・・・・)

身内である我々の礼拝方法は上記に加えて、両手と額を地面につける「叩首」が入ります。
司会者に言われるままに、数分間にわたって、額を地面に付けたまま、叩首の状態でいなければなりません。故人に敬意を表すためでしょうか。

叩首の間、司会者が(これまた台湾語で)アマーとの思い出話等加えたスピーチを入れるのですが、やっぱりここでもまた親族が号泣。

これらを司会者の誘導の元順に行うのですが、オール台湾語。「顔を上げてください」も、「そのまま叩首してください」などの台湾語を覚えていなければ私は恥をかいてしまいそうです。^^;

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この告別式の通知状の写真を見てもらうとわかりやすいのですが、最初に孝男(息子の意)、その横に孝媳(息子の嫁)、その次には孝女(娘の意)、そして同じくその横に孝女婿(その夫)・・・・・など順に書かれてあります。

さらに横には家族から兄弟から孫からと、何十人もの親族名が家計図のように連なって書いてあります。 これ、うちでも60人ほどの名前が書かれてありましたが、他では百何十人以上にも渡る家系図のような通知状まであるそうですよ。

いわゆるその順番で、各グループ毎に(娘の夫のみ、故人の孫のみ、等)祭壇前に出て拝拝をするわけですね。
アマーの為に台湾語のみを使った儀式でしたが、日本人の私には台湾語が不自由です。
でも日本人がいるからと誰かが気を利かせて話をしてくれたので、私のときだけ中国語にしてくれました。。^^;よかった、変な英語で言われなくて。。。。(余計にわからん)


ここまでくると、台湾の長男の嫁は大変だとか、台湾では男の子が尊重される等、頻繁にいわれる理由もなんとなくわかってきました。


~続く~

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2007.06.05 / Top↑
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