♦♦♦♦♦♦♦♦♦ 国際結婚で台湾在住、柴犬3匹との台湾生活を綴っています。あっという間に台湾11年。  ♦♦♦♦♦♦♦

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以前、台北の大安森林公園で出会ったカッコ良い柴犬の「ベーコン君」。

本来の柴犬が醸しだす凛々しさに一目惚れして以来、
飼い主のご夫婦とワンコを通してここずっと定期的な交流をしています。

前の連休を利用して、
ベーコン君が我が家に泊まりにやってきました。

我が家の初めての泊まり客です。

最近夫婦ともに仕事に追われ、散歩が短くなってしまい、
手作りごはんも手抜きになって、
微妙を通り越したおーデブになったミルクに比べて(反省)

一日に散歩は1時間×2回、フードしか食べないベーコン。
いつ見ても、スリムでかっこ良いわー。

お互い適齢期なので、ミルクを執拗に追いかけて怒鳴られることもしばしば。

明日からベーコン君とミルクのワンコ日記を綴ろうと思います。

ちょっと待ってくださいねん♫
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2011.04.16 / Top↑
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先週の日曜日、朝5時に起きて義父とお墓の掃除「掃墓」に出かけた。

台湾の墓と言っても、観光客が見るテレサテンのような人が眠るような管理の行き届いた墓園ではなくて、
義父の両親を始め、祖父母やその兄弟の100年以上前に作ったお墓だ。
掃墓は以前一度経験はあったけど、バラバラに点在するお墓を全部回るのは初めて。

最初に向かったのは旧台北県、新北市の五股という所にある山で、義父の父方の兄弟の墓。
通例通り、お札を敷き、ゴミを取り、真っ赤なお線香とロウソクを炊いてお参りする。

途中でいつもお墓の管理(掃除)をしているオバちゃんが近寄ってきて管理費をくれという。
叔父さんは黙って500元をわたす。こういう場所では、色んな暗黙の了解があるらしい。

次にその墓の奥さんのお墓に向かったのだけど、
やはり古くて、墓石があまりに小さいので、全然見つからない。
15分くらい延々みんなで探してようやく、
お墓の間に挟まって小さくなったその方の墓石を見つけた。

台湾がまだ日本統治下にあった頃に亡くなったので
お墓には昭和という字。
当時の墓は土葬で、今みたいな大理石ではなく、
普通の石に字を刻んで、下にレンガを詰めた簡易的な物だったようだ。
100年以上前のものは字も薄く、壊れやすいからか、お墓とは見えないものもあった。
身内のお墓の隣には、大正という字が刻まれたお墓も幾つかある。そこで大正とか昭和という字を見ると、なんだか不思議な感じがする。

その古い墓の多くは、新たに作られた墓の下へ下へと折重なるように埋められているので、
皆が通る階段の下にもきっと誰かの骨があるんだろうなと思うと、ちょっと気の毒になる。

義父の一番上の兄(叔父さん)が、身内の墓石の砂を払って、

「私は昭和2年生まれなんだよ。」

と私に台湾語で言った。でも日本語は殆どしゃべれないんだけどね。
優しい叔父さんは御年85歳だけど物凄く元気。
義父も70を過ぎているのにとっても元気で、やはり健康な血筋なんだね。

次にいった義父の父(祖父)のお墓は、静かな場所にあったのに、
よくある縦列駐車みたく、墓石の手前ギリギリまで新しい他人の墓がぐいぐいと押し迫っていた。
死んでからも隣人関係で迷惑するとはなあ。
掃除をする義父らも快く思ってなかったみたい。

最後は遠く離れた中和市に移動し、義父の母親のお墓の掃除。
中和にあるその墓山は、あまり有名でもないし古いからか、かなり寂れている。
さすがの私も吃驚するほどに荒れていて、
なんというか、その様子にとにかくカルチャーショックを受けたのは確か。
他人の墓をかき分け、足で墓石を踏まないと上に行けない。
野良犬まで溜まっていて、時折滑る急斜面を延々と登って頂上付近の祖母のお墓に辿りついた。

体中、もう汗がだらっだら。

そこで目の前にあったのは、木の根っこや雑草、枝から伸びた蔓が墓の中までぐっさりと伸びたお墓。

台湾の墓事情を知らない人が見たら、
きっと身寄りのない人の墓なのね、と思うかもしれない。

台湾の墓に対する概念は日本とはちょっと違うので、
日本のように普段から墓を綺麗にして数回墓参りすることはあまりないようだ。
たいていは清明節などの墓掃除の時だけ、こうして来る人が多いみたい。

義父でさえ、「墓の掃除は三代まででいいよ。」というので、
多分、ほったらかしにされている墓は意外に多いと思う。
私だったらきっと子孫の枕元に墓参りに来い!と化けて出るに違いないね。しつこい性格だから。

うちの綺麗好きなピン子ママのお墓があったとしても、
3ヶ月に一回はお墓のチェック行かないと「ちゃんと掃除しなさいよ!」と
私の枕元に化けて出てると思う。笑
嫁姑が二人も化けて出る家なんて、ちょっと難儀だけどねえ。

さてさて、
その義父の母のお墓、墓石が見えないほど蔓が凄かったので
私も一生懸命に持ち寄ったクワで黙々と掃除を手伝った。
大きな木の枝も絡まないように切り落とし、
最後に、薄く消えかかっていた墓石の名前を、義父が塗料でなぞりなおして掃除は終了。
結局掃除には1時間かかったのだけど、なんかイイことをしたようで気持よかったな。

『まさに「掃墓」なんだなあ』

全てのお墓参りが終わって時計を見ると昼の1時。6時間も掃除してたのね。

お墓に行ったからではないけど、
近頃は震災のこともあって「死」について考えることが多くなった。

どこで最後を迎えることになってもいいように、色々準備はしているけれど、
お墓については、まだ決めかねている。
墓のことは、随分前に夫と話し合いをしたことがあって、普段は
「死んだら人間は、どこに墓があろうが関係ない」と言ってる夫が、

「やっぱり死んでからもひとりぼっちになるのは嫌だな・・・」

とポツリと言ったのを聞いてから、そろそろどうしようかなと考えてる。
子どもがいない夫婦は、覚えてくれる人やお参りしてくれる人が極端に減るからね・・。

昔は、夫婦別々でお墓を作っていたけれど、
台湾はもう夫婦一緒、または何代も子孫が入れる大きなお墓が主流みたいだ。
私達のお墓は、台湾か日本かになるかはまだわからない。

「どこでも絶対に夫婦で一緒のお墓に入ろうな。」

夫の祖先の墓前で二人で約束してからそこを後にした。
日台夫婦でたまに聴くのは、どちらかの骨だけ移動されちゃうことがあるということなんだけど、
そんなことがないようにしとかないと。

墓参りの帰りに飲んだキンキンに冷えた台湾ビール、最高に旨かったなあ。
格別でしたわ、うん。
2011.04.14 / Top↑
現在夫が大阪に出張してきた。私の親にも会ってきたみたい。もう2年も帰っていない私にとっては、
仕事とは言え、とても羨ましく感じる。

「前(来た時)に比べて人が少ないね。平日だからかな。」

二年ぶりに道頓堀に立ったからか、夫がそう言っていた。
そういえば、夫が日本にいく前、母からの電話があって、

「あ!そうそう!イチ日本人としてH(夫)に台湾の義援金有難うって伝えといて!」

最近新聞でようやく知ったらしいんだな。
いやいや、夫が大阪にいるんだから、直接言えばいいじゃないかと。

ありがとうを言うのに、照れくさいもなにもない、思ったら吉日でいいんじゃない? 
妻の私から言ったって、有難味なんてないよ。
そんなことを照れくさがってる母に言った気がする。

「台湾に義援金お礼広告出したい」 デザイナーの呼び掛けに賛同者多数
http://www.j-cast.com/2011/04/13093010.html?p=all


今日たまたま、このニュースを見つけた。
まだまだ東日本近辺は余震も原発不安も落ち着いていないので、賛否両論だろうけど、

ただ、マスコミも民主党も、一部の人達も、
政治的な絡みが理由で、まるで台湾がいなかったように振舞うのは、
正直言って、人道に外れてると思わざるをえない。
まあ、あの政府はもともと色んなことが人道に欠けてるけど。

お礼を言われるためにやっていない台湾人からみるとちょっぴり複雑だし、
今、それをするべきじゃないと言う人もいるだろうけど、政府が代言しないなら
国民が各国にしてもいいじゃないかと。

多分、今出来る人がしなかったら、これからも政治や経済の立て直しでそれどころじゃなくなって
忘れ去られるだろうなと予想してる。
それに、こうすることで、日台で、更なる東日本支援へ拍車がかかるのではと思う。

知人で台湾の話題が出た後に、「なんで?日本の為になんでここまでできるの?」と言った人がいた。
私が答えるのはおかしいので、うちの、台湾義母を代表する(笑)ピン子ママに直接聞いてみると、

「困ってる人を助けるのは当たり前でしょ!理由なんているんか!?」

ピン子ママは、口は少々悪いけど、
実は、裏ではこっそり孤児院や困っている人にも支援している人だったりするんだな。
去年の秋に、宮城仙台から日本入して、東北を巡った旅行をしてきたばかりだから、
日本に対して特別な感情はあるのは確か。

色々ネットを見てると、
この義援金の理由を、政治的や歴史的にこじつけて見ている人もいる。
一部はある意味そうかもしれないけど、
国民総意ではないよね、実際に暮らしている側としては思ってしまう。

確かに日本からの輸入で経営をまかなっている会社も日系も多く、
日本の景気が直接台湾に影響するけども、
ニュースを見て心が痛い・・と言ってた人、
日本関係の仕事をしている人、思いはそれぞれでも、
根本的なものは日本人の自分に出来ることを考える気持ちとなんら変わらないと思う。

台湾の国民性を挙げる際に「あまり何も考えずに行動する」と言ってたけど、
それが、正直な感情をすぐに行動にうつした結果にそうなったのではと。

相手の迷惑や気持ちを沢山考慮した結果、人助けに手間を取り躊躇する傾向がある日本人からみると、
台湾から何か学ぶ所はあると感じた。
実際、いざこういう時になってみて、日本の従来の規則ややり方に対して、焦りや憤りを感じた人は多い。
在台の友人も全く同じことを考えていたので、台湾の義援金ニュースが伝えた影響は大きい。

自分も台湾が100億も出してくれたんだから、
日本人である自分は、もっともっと日本の義援金に協力しなければと思うようになり、
同時に、平均して台湾の色んな募金箱にも入れるようになったし。


そうはいっても、台湾も地震国。しかも津波の心配もある。
原発はこの台湾全体で4箇所、計6基の原子炉が今も活動中。

ただ、福島の原発を受けて、台湾で新たに建設予定だった原子炉は住民の反対を受けて中止になった。
33年稼動していた台湾電力第1発電所の更なる延長申請の審査を凍結した。

台湾が逆に今回の災害や日本から影響を受けて、少しずつ変わってるのは確か。

原発、早く収束してほしいと願うばかり。
2011.04.13 / Top↑
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