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♦♦♦♦♦♦♦♦♦ 国際結婚で台湾在住、柴犬3匹との台湾生活を綴っています。あっという間に台湾11年。  ♦♦♦♦♦♦♦

親族と来賓者、そしてお焼香のみで来たの方もすべて終わり、いよいよ出棺です。

親族が法師に祭壇裏に呼ばれ、祭壇裏にある部屋の真ん中に置かれたアマーのお棺を中心に、一列の輪になって念仏を唱えながら周囲をぐるぐる周ります。

そして左右二手に分かれて跪いて、白色の手ぬぐいを縛ったアーコン側の代表者がトンカチをもってお棺の四方に釘をあてる仕草をします。

長男(伯父)が最後にお棺に近寄り、別れを告げて、法師の親族との対話が台湾語で始まりました。


法師 「アマーは貴方達に幸せな時間を与えてくれましたか?ウーボー?(有没有)」
親族 「ウーア!(有a!)」

法師 「アマーは貴方達に対していい人生を与えてくれましたか?ウボー?」
親族 「ウーア!(有a!)」


対話が終わり、いよいよお棺をリムジンに載せるわけですが、最後の最後に親族皆で台湾語の別れの言葉を叫びました。
そして火葬場へ移動です。

先頭にあるのはアマーの名前を背負った、花をたくさん付けた車です。
次にお棺が乗るリムジン、その次に楽器演奏しながら走る黄色い花だらけの車。(たまに台湾でみかける賑やかなアレです) その次に私達親族がバスで追いかけます。

火葬場につくと、葬式にいい日取りだった為か、狭い間隔で沢山の遺影が並び、大声で念仏を唱える僧達と親族がズラリ並んでいます。

そ、そんなに大声で経を唱えなくとももいいのに、、、というほどに大音量。まるで、さながら坊さん同士の戦いのようにも見えました。^^;

宗派も沢山ある台湾、それぞれ譲り合って休憩を取りながら、読経が終わるのを待っていたようです。

しかしびっくりしたのは、若くして亡くなられた方の遺影が多かったこと。事故が多いと聞いていましたが、これにはちょっとショックを受けました。

お棺を火葬に入れる瞬間も酉年の者は見てはいけないと言われ、私達は背中を向けることになりました。これも前回書いたように、その時間の時沖の(時間の生肖)関係だと思います。

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伯父が前もって皆に見せてくれた特注の骨壷。(もちろん空)、アマーの写真、名前等が刻まれています。大理石よりももっとレベルの高い石だとか。


お骨拾いの為に伯父達を残して、火葬を終えた親類は葬式用の法衣を脱ぎ、右手首のリボンを解き、アーコンの家に戻って食事会です。

家に入る前に、おそらく除霊のためだと思うのですが、お札を燃やして、バケツの中の水にその札を放りこんだ「浄水」で親族みんなが腕まで清めなければいけません。伯父さんは頭まで清めていましたよ。これって、いわゆる日本の「清め塩」と同じ行為だと思っていいと思います。

葬儀が終わってほっとしたのか、アーコンも87歳ですが、ガンガン酒を飲んでワイワイと楽しんでおりました。

後になって聞いたことですが、アマーは実は童養媳 (トンヤンシー)だったようです。

童養媳とは、中国の家庭で昔は比較的よく行われていた風習の一種で、 貧困を理由に子供を育てる事が難しくなった家庭が、娘がまだ幼女の頃に、男の子のいる裕福な家庭へ養女として出し、年頃になるとその家庭の息子の嫁になるという女性のことです。

(家族同士の結婚では?と思ってしまうが、小さいころに実家庭の戸籍ごと新しい家庭へ移すため、戸籍上では問題は無い)
福建省では未だこういう風習がある地域があるらしいです。当時は、一家の息子が幼児のうちに将来の嫁を(言い方は悪いが)「買う」という形で行われており、男の子が多い家庭では面倒な結婚費用も節約できる、家事や仕事など家の人手としても助かることから、昔の人には一挙両得といった印象を持たれていたようです。

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初めて祭壇の前に現れたアーコン


童養媳の問題は置いておいておいても、そう考えるとアマーは幼少の時分からアーコンと共に約80年近くも一緒に過ごしていることになる。

80年・・・。


私達夫婦が80年共にいると110歳以上まで生きねばなりませんが、
たった3年でさえも、まともに暮らせなくなっている夫婦がいる現代人が聴くと、まさに気の遠くなるような時間です。

だから、残されたものの悲しみも深く、深く。。。。。 

今回台湾の葬式にトータルに参加し、頭に巡ったいろんな思いがありました。

それは人生の最後、あの世に送る最後の儀式というのは結婚の何倍も大事なのだ、ということです。

われわれ女性にとっては結婚が「終身大事」というけども、人間にとって最後の葬儀こそが、正に終身の大事なんではないかとも。

最初は火葬まで一ヶ月以上もあるのを「奇怪ねへ」だと思ったけど、
それを身をもって経験してみれば、実はその見送るまでの長い期間に、残された遺族はゆっくりと時間をかけて心を癒すことができ、悲しみの深さも段々調整できる・・・・そんな時間でもあったと思います。

確かによく考えてみれば、大事な家族やパートナーが亡くなり、亡くなったことも信じられないまま、たった3~4日間で灰になってしまうのは、なんと遣る瀬無いものではありませんか。


最後 姑ピン子ママに

「私達の時はこんなことしないで!もう超快速1週間でヨロシクね!お墓は引き出しタイプの簡単なやつでいいから!」

と頼まれましたが^^;、ほんと、あの世へ行っても節約&クイックリーなのねん。^^;

やっぱり「葬儀」って一生に本当に一度のこと。

結婚なんて何度もできるけど葬式は絶対にやり直しがきかないのだ。ピン子ママにそう言われても長男の嫁としてちゃんと挙げるつもりだ。

逆に自分の親が亡くなった時もこの伯父のように、ちゃんと準備してあげられるのだろうかと、 色々考えてしまいました。 (正味それほどお金があるだろうかとか)


そういえば、台湾は身内の葬儀があると、会社から数日~6日間の公休が貰えます。(勤める会社から会場へ奠儀(香典)と敬輓のお花が届きます)

だから台湾では親族もあせることなく、十分見送ることができるのですね。

海外にすんでいる家族は参加できなかったものの この日は黒い服を着て喪に服したといっていました。

今回のアマーの葬儀、日本人嫁の私にとっても非常にいい経験になったと思います。

長くなってしまいましたが読んでくださってありがとうございました。


注:こういった写真に不快感を示される方もいるかもしれませんが、参加できなかった国外の家族、日本の家族が見れるようにとの意向で載せたことをご了承ください。写真は全て家族了解済みの上で撮られたものであり、こういった長寿で亡くなられた葬儀の場合は撮影はOKで皆さん撮っていました。


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2007.06.05 / Top↑
告別式の前日から明くる朝に掛けて、親族は法師らと共に読経をしながら一睡もせずにその日を迎えます。

もう瞼が重くて重くてしかたがないけど、我慢するしかなく、これで会場にクーラーが無かったら確実に私は倒れていたでしょう。^^;

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一般に台湾の結婚式は何でもアリで、めでたい!宴会だ、よし騒ぐぞ!という感じがします。
けども、それとは反対に死者をあの世へ見送る方法というのは、故人の尊厳が重んじられており、実に伝統的で神秘的でした。葬儀会場も伯父達が母親への最後の餞にと、一番大きい会場を選んだそうです。
日本ではおそらく告別式などこれらの写真を撮ることは困難だと思いますが、今回は親戚も来賓者もほぼカメラ持参で、会場の写真をバチバチ撮って記念に残していました。

ここで、告別式の前の晩の話に戻らせていただきます。

先日夜中の12時になると、袈裟を羽織った何人かの僧と法師と共にアマーの棺を告別式会場に運ぶ儀式が自宅でありました。

昔からの習わしで、棺を移動させて車の中へ運ぶ瞬間は、長男長女以外の親族は故人の棺を見てはいけない決まりがあるようです。法師が鈴を鳴らし出すのを合図に、親族一斉にお棺から背を向けて、そのまま暫し待ちます。

これは暦上の時間を示す日沖・時沖の12生肖(辛、丙・・等)と、その儀式の時間との関係らしいですが、いまいち詳しく知りません。

もういいと言われて振り向くと、先ほどまでお棺が置いてあった場所には、木炭とお札が燃やされてあります。そして大きなザルがお供え物と共においてありました。

そうこうするうちに、夜中の一時。しかしそのまま皆で告別式会場の板橋市へ大移動です。

我々は先に会場についたのですが、その後しばらくすると 先ほどアマーの遺体を載せた車がやってきました。

長男である伯父が故人の魂を運ぶ木筒を抱え、その後ろに長女である伯母が魂を誘導する長い笹を持っています。
そして後ろに続くように、お棺を会場の祭壇裏へと運びます。(木筒や笹は死者の魂が迷わないようにと、魂を誘導する役目があるそうです)

お棺を運び終わって、前日にしなければならない事はこれで終了です。 ふぅ・・・

明日の朝8時前から告別式が始まるため、親族は朝6時半~7時までに会場いりしなければなりませんでした。

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この時間になると会場には沢山のお花(花籃・敬輓)が届けられています。

告別式当日は、早朝にもかかわらずたくさんの参列者が集まりました。

本来喪主であるアーコンとアマーの血縁者(高齢のため、多くはアマーとアーコンの兄弟の子供達)、あとの大半は息子である伯父達の会社関係者です。

アマー側の血縁関係者はピンク(紅?)の手ぬぐいのようなもの、アーコン側の血縁関係者は白色のてぬぐいをそれぞれ右腕に縛り付けて参列していました。

これも私達が右腕に付けている麻布(日記 喪礼①参照)の喪章のようなものでしょうか。

会場の左右にはそれぞれ政治関係団体から代表としてお悔やみの言葉が書かれてある紅色の布が貼られてあります。

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アマーは80歳を過ぎて亡くなったので「長寿、大往生」の意味を込めて紅色の布なのですが、もし故人の年齢が若かったり、不慮の事故等で亡くなった場合は白色で張り出すらしいですよ。

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そして祭壇の上にはアマー「林夫人」へ、この前総統候補選挙を逃した「王金平」と、話題の「馬英九」、現総統の「陳水扁」、そして副総統の「呂秀蓮」等の名が連なっています。


それを見たピン子ママがしきりに

ピ 「なんでこの人の名前があるの!私の時は陳水扁は掛けないでね!」

と言ってきましたが、姑が召される時は陳水扁はとっくに政財界にはいないと思うんですよね。^^;

もちろんこれらはアマーが政治家と親しかったわけではなく、日本のお葬式でもあるように、市役所の担当者から市民へと、お悔やみの電報が届けられたような義理のようなものです。

また、参列者には藍系のチョッキを着た国民党の方や、緑系の服を着た民進党の方もいて、すぐにあ、政治関連の服務係(お悔やみやお祝い担当)だなとわかります。
(チョッキに服務担当と書いてるし^^;)

そういう服務とは別に、来賓者の中には現在台湾の政治ニュースでタイムリーな話題の、唐飛(タン・フェイ)氏夫妻が見えていました。
唐氏も党関係なく人気の高い民進党の蘇氏(この前党を辞めた)のように、かなりの人気があった人です。しかし台湾の政治からすでに退いた方でもあり、その後は会社経営者になっているようです。
世相と絶妙なタイミングでしたが、実は伯父達の会社と関係があるらしく、それで来ていただいたということです。

余談ですが、この唐氏、年配の台湾人にとても人気があることでも有名。うちの家族にも唐氏ファンが多く、特に姑ピン子ママなんて唐さんの大ファン♪いろんな意味で嬉しかった事と思います。

葬儀にまでそんなちょっとした政治の介入がある台湾です。

話を元に戻しますが、葬式での礼拝作法は大体一定の決まりがあります。
自分はもちろん作法なんてまったく知らなかったのですが、葬儀場の担当者やサポート係の女性(祭壇の前に立っている)が祭壇で身振り手振りと共に教えてくれるので安心でした。


まず初めにお線香を持って深深と一礼。(頭の上で香を掲げる感じが良い)

香を係の女性に一旦返してから、ひざまずいて合掌しそのまま三礼。(一拝、再拝、三拝の掛け声が)。

次に献花(代表が花籠を持つ)、奠酒(酒が三杯あるので上に掲げる)の度に三礼。



これは親族をはじめ、近い来賓者の方も行わなければいけません。 来賓者は祭壇の前で礼が終わると、祭壇横に男女別に分かれて二列に並んだ私達親族に向かっても、丁寧に一礼して立ち去ります。来賓者は伯次々と父、叔父、その息子達に握手し、最後アーコンに握手して帰っていきましたが、女性側には全く来てくれませんでした。(こういうの なんかね・・・・・)

身内である我々の礼拝方法は上記に加えて、両手と額を地面につける「叩首」が入ります。
司会者に言われるままに、数分間にわたって、額を地面に付けたまま、叩首の状態でいなければなりません。故人に敬意を表すためでしょうか。

叩首の間、司会者が(これまた台湾語で)アマーとの思い出話等加えたスピーチを入れるのですが、やっぱりここでもまた親族が号泣。

これらを司会者の誘導の元順に行うのですが、オール台湾語。「顔を上げてください」も、「そのまま叩首してください」などの台湾語を覚えていなければ私は恥をかいてしまいそうです。^^;

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この告別式の通知状の写真を見てもらうとわかりやすいのですが、最初に孝男(息子の意)、その横に孝媳(息子の嫁)、その次には孝女(娘の意)、そして同じくその横に孝女婿(その夫)・・・・・など順に書かれてあります。

さらに横には家族から兄弟から孫からと、何十人もの親族名が家計図のように連なって書いてあります。 これ、うちでも60人ほどの名前が書かれてありましたが、他では百何十人以上にも渡る家系図のような通知状まであるそうですよ。

いわゆるその順番で、各グループ毎に(娘の夫のみ、故人の孫のみ、等)祭壇前に出て拝拝をするわけですね。
アマーの為に台湾語のみを使った儀式でしたが、日本人の私には台湾語が不自由です。
でも日本人がいるからと誰かが気を利かせて話をしてくれたので、私のときだけ中国語にしてくれました。。^^;よかった、変な英語で言われなくて。。。。(余計にわからん)


ここまでくると、台湾の長男の嫁は大変だとか、台湾では男の子が尊重される等、頻繁にいわれる理由もなんとなくわかってきました。


~続く~

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2007.06.05 / Top↑