♦♦♦♦♦♦♦♦♦ 国際結婚で台湾在住、柴犬3匹との台湾生活を綴っています。あっという間に台湾11年。  ♦♦♦♦♦♦♦

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日本に帰るまでに、頭を整理しなければならない。

母親といつもお世話になっている母と仕事をしている美容の先生に、台北駐日経済文化代表(以下長いので台北駐日代表に略)に電話をしてもらったのです。

本当にお世話になりました。・・・・


そこで、皆のアドバイスの元、ビザ手続き説明と日本滞在日程スケジュールの最終チェックをすることが出来ました。

この時、私は既に大学の語学センターへ通学していた為、そこでの出席日数の関係で日本で許された時間は合計4日間のみ。

しかも土日を入れなければいけなかったので、たった二日間の平日で諸手続きを全て済まさなければいけない。。。。。

なので無駄なく効率よく回る必要がありました。


これから日本でしなければいけないことは・・

台北駐日代表へいって配偶者用に書き換え可能なビザに変更。


この日他の用事でもパスポートがいるということを配慮してくれた駐日代表のオバサンが、ビザを一時間で仕上げてくれて大幅の時間短縮!感謝^^

台北駐日代表は日本各地にありますが、大阪の担当の方々は総じて優しく、航空券の予約控えしかなかったのにも関わらず(時に怖いが)ビザも比較的早く出来ました。
多分すでに私が顔見知りだったからだと思うけど。。。

そして停留ビザのR(台湾で居留切り替え可能ビザ)に無事変更できたのです。


自分の住民票のある市役所で入籍手続き(パスポート・台湾での戸籍謄本、結婚証明証それぞれ原本・それらの文をすべて日本語に翻訳した用紙にサインと印をしたものが必要)


これは初めての夫との共同作業の翻訳。
戸籍はまだいいが、結婚証明書文自体が中国語の古文のため夫の翻訳も大変だった。まあそこまで気合をいれなくても大丈夫なんですが。

日本の市役所での担当者に、夫と同じく、私の性も中国名にしなければいけないの?と聞くと、
「どっちでもいいですよ~」の返事。それは性を変えるのは自由です。ただ、性を変えてしまうとパスポート等、公的文書全てを変更しなければいけない事や、色んな国で入国官に色々きかれるのも嫌なので、今後も日本では同じ日本名のままにしました。

台湾人との結婚なので新しい戸籍も私が戸籍筆頭・世帯主になります。

そして本籍地はどこにします?と聞かれた際も、どこでもいいのか?ときくと 海上以外の日本で住所があるところならどぉこでもいいですよ!!という返事が帰ってきたので笑ってしまいました。

それなら夫が前に住んでいた東京の住所はどうかと思い、台湾へ電話すると
「大阪でいいよ」といわれたので私が以前一人暮らししてた住所にすることにしました。ここは思い出の地なんですよね。

ただ戸籍に記入する台湾の国名はあたりまえだがなく、

「中国・台湾」が入りました。
(中華人民共和国なんて書く役所がいますが、これは明らかに役所の間違いらしいです。) 

日本の婚姻届でも実感なく入籍。しかも一人ですから。ちと寂しいな・・


新しい戸籍謄本の写しをとる・住民票をとる


新しい戸籍ができあがるまで最低二日は必要です。

さらにその戸籍には台北駐日代表での査証(1800円)が必要なので後日母から郵送してもらうことになりました。


大阪府警に出向き、無犯罪証明を申請。住民票とパスポートコピー・新旧問わず戸籍謄本が必要


無犯罪証明はあらかじめ電話で予約をしておいた大阪府警本部へ出向いて申し込みます。

受付で「無犯罪証明書を取りにきたんです。」と告げ、暫くすると低調な態度係員がきて案内してくれます。
この時、大阪府警は新装したばかりですっごく綺麗でした!
男性に聞いたところ、引越ししたてなのでゴチャゴチャで大変らしい。
でも まさに『踊る大捜査線』のような雰囲気の捜査一課を横目にしたときは、その捜査一課という看板の大きさにびっくりしました。^^;

小さな部屋に通され、最新の指紋取りの機械に指を通し(犯罪歴なくてもどきどきです)、婦警さんと雑談しつつすぐに終わりました。

「さっきも台湾に行く人から問い合わせがあったんですよ~」と婦警さんが言っていたのが気になります。誰かな?
帰りも案内役がついて、厳重な警備のもと大阪府警を後にしたのであります。


すべての支払いの停止手続きや住所変更(国民年金の停止。(年一回) その他市民税の停止なんかは母が。万が一の国民保険のため住民票はおいておくことにした。これらは任意)



台湾にすんでいるけど、家族がいるなら、なんとかして住民票は置いておけます。
自分は日本に帰ったとき病院代に困るからおくことにしました。
もちろん抜いてもOKですよ。



新戸籍謄本の裏に台北駐在代表で査証をおしてもらう(新戸籍がまだできてないためこれも後で実家から郵送)
いちいち何でも証明書類に台北駐日代表で査証がいります。一回1800円くらい。。。高い・・


>⑦無犯罪証明証(英文)をうけとりにいく (これもできあがるに2週間かかるため、私が母であっても委任状を作成して、母が取りにいてってくれました)・・・etc



私は家族のサポートのおかげもあって、こんなに少ない日程で手続きを済ませられましたが、これが自分一人だと、おそらく後2~3回はいったりきたりを繰り返すさなきゃいけないことになります。

なので日程に応じて、場所と所要時間を考えながら動き、用意周到にしておかなければなりません。


でもこの後、まだ台湾に帰ってからのビザ続きがあるのですねえ。汗





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2004.10.30 / Top↑
周囲で知人の結婚が多くなってくると、再び自分の結婚やそれにともなう手続きを思い出す。

今でこそ、色んな情報があるけども、当時はあまり詳しい説明がなされかったのだ。


とにかく、台湾の配偶者用ビザ・手続きは大変だった。


学生ビザも、ある意味ややこしいが、結婚となると戸籍が動くので 証明証書集め等、学生のそれよりもかなりうっとうしい。

しかも日本は基本的には台湾を国として認めておらず、日中との国交はあっても台湾との国交はないので戸籍の書式も地方によってバラバラ。

不安定な国だから、ビザもややこしいのかもしれない。

五月の結婚式披露宴の後、私達はオーストラリアへ8日間の新婚旅行へ行った。
そして帰ってきてすぐ問題発生。

私のビザが其の時点でまだシングルビザだったので、入国した台湾を旅行で一旦出てしまった事で、ただの観光ビザに切り変わってしまったのだ。

帰りのオーストラリアでも白人女性に散々煩く言われたのはこの事か・・。


まだ自分にはそのようなビザの知識が当時は全然足りていなかった。
師範入学の為に、学生ビザと同じような経路で来たので、台北駐日経済文化代表のオバサンも、
「台湾で結婚するのだから、証明書手続きで又日本に帰ってくるよね。」

と、台湾での延長も出来ない不可能なビザだったのだ。

ビザの日程が早まったので、結局予定を大幅に変えて、また三週間以内に日本に帰ることになったが。


其の時点で日本で婚姻届を出していなかったので、籍はまだ独身のまんまだ。
(これから書く内容は、台湾入籍→日本入籍のパターンです)

日本へ帰るまでに、その後の手続き書類を集めるべく、まずこちら台湾の入籍に行った。

台湾は結婚式の後 一ヶ月以内に入籍をしなければいけないらしい

日本は六ヶ月以内でOKらしいので、パスポート・彼のID・用意していた私の独身証明(日本の自分の戸籍謄本の裏に台北駐日経済文化代表において一回1800円で査証を押してもらったものでOK)、そして結婚証明書(結婚式当日に本人、親、保証人がサインしたもの)をもって実家の区役所へ。


台北県の市役所にて、夫である彼の独立した戸籍に
「日本国、○○reachia」と日本名での名前が記載され、彼のIDカードの裏にも新しく私の名が入った。
ただ、このカードの裏には日本人であろうと、新しく作成した中国名(トータル3文字)で名前が載ることになる。

やっぱりあまり実感もないまま晴れて入籍が終わったという感じだ。


その戸籍の原本と結婚証明書が日本での婚姻手続きに必要なので、それを持って帰る。

ここまでは、まだ台湾の入籍だけの段階。

なので日本国内では まだ私は独身状態。なんか変な感じです。 ^^;


2004.10.30 / Top↑
暫くすると、ド派手な新郎の母が、なんだか怖そうなおば様軍団を引き連れて、新郎新婦と共にゲスト席へ乾杯に廻りだした。

hirouen02.jpg



日記の続きはここをクリックしてね
2004.10.29 / Top↑
この前、初めて台湾での台湾人による披露宴に参加したのだ!


場所は台北県板橋市の某ホテル。

本日は、夫H勤める会社の同僚女性が結婚するということで私も参加させてもらえることになった。

だから指定されたテーブルには、夫の上司も沢山着席されていて賑やかだった。

今日は平日の19時過ぎ。

この時間に来る人いるのかなあ・・と少々不安に思っていたら、あっという間に、広い会場いっぱいに200人以上の来賓者が来たと思われる。

hirouen01.jpg


日記の続きはここをクリックしてね
2004.10.29 / Top↑
そろそろ時計も22時を指す頃。

いつものようにPCをカチャカチャ触っていたら夫HがPCルームへと飛んできた。


夫  「りか!やばっ!今日母さんの誕生日だったよ!あちゃ~っ」
私  「は?」


一日が終わろうとしていると言うのに、『実は今日が義母の誕生日だった』と言われたら、キーボードを打つ手が硬直するってもんだよ。 ^^;



私 「あなたねぇ、お義母さんの誕生日って11月って言ってなかった?既に5回もママの誕生日は11月だって聞いてたよ!」

夫 「違うの!今ね、弟がオーストラリアから電話してきてわかったんだけど、陰暦では今日なんだって!忘れてた~~~~!」



っていうか、何やねん?その陰暦って・・・・・・。

それに陰暦と分けて祝うなんて初耳よ、嫁の面子も丸つぶれよ。



夫 「今から急いで電話するから、reachiaは生日快楽(誕生日おめでとう)って言ってね!」



とりあえず、承諾したが、後で考えると、それってかなり気まずいことではないかと気づいた。

だって、もうすぐ夜の11時45分だっていうのにさ。汗


夫 「今更僕に文句言ったって仕方がないよ!(怒) もう過ぎたことなんだし。さあ、電話してreachiaからおめでとうと言って!」


は?それって、なんか逆キレ・・・・・?ちょっと違うくない? (ー ー:)



夫婦間で嫌~な雰囲気を残しつつも、
仕方なくぎこちなく、冷たい受話器の電話口から姑へ伝えることにした。


私 「あ、ママ?・・・えっとreachiaです。あの~生日快楽!ごめんね忘れてて。」

ついつい本音が出てしまったが、それよりもピンコの声のトーンが低くて気まずいの何の。汗
50もトウに過ぎてるけど、台湾女性は心はずっと「女」なんだわさ。


姑のピンコママはかーなーり性格が気難しい人であり、

家族全員が凄く気を使って暮らしているのが外国人である私にも100%わかるくらい。

義弟なんか、ピンコの誕生日に長生きしてねと意味をこめて、かわいい老夫婦のペアの置物をプレゼントしたのだけど(その贈り物ももうちょっと考えた方がいいと思うが)

ピンコママは見たとたんに不機嫌になり、こんなのいらないとばかりに裏にしまい、
義弟がマンションを購入した際に、自分ちで飾れよ!と全部返却してきたらしい。笑

それにしても、

この前土曜日に実家に戻った時は、誰もな~~んにも言わなかったし、誕生日だなんて予兆などこれっぽっちもなかった。

どうして誰も教えてくれないのだ?^^;


泉ピン子を美人にし 更に台湾人気質たっぷりにして、背を一気に縮小させたような、ちょっぴり怖い姑だけど、いつも山ほどのお土産(食べ物とか)を頂いているので、彼女の誕生日には絶対にケーキをつくって、プレゼントも奮発しようと計画していたのだ。

しかし夫も、自分の親の誕生日を覚えていないとはね。苦笑

なにせ台湾人の家族、いや両親に対する誕生日のあり方ってのは、アメリカ人にも劣らず、もう長寿の意味をこめながら盛大に祝うので、子供が自分の誕生日に何もしてくれなかったってのは結構ショックなはずだ。


無事にピンコへの電話を切ったのはいいが、今週末はどんな顔して逢えばいいのか悩み中である。


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2004.10.24 / Top↑
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